薬物療法では1つのやり方がすべての患者に通用することはない
人口の90%以上の個人は潜在的に作用可能な薬理遺伝学的変異を1つ以上持っていることから1、臨床意思決定におけるファーマコゲノミクス(PGx)の重要性が増しています。さらに、欧州人以外の集団は変異頻度が高く、その多くは現在のPGx対立遺伝子定義では捉えられていないため、有害だと考えられています。2薬理遺伝学的要因の知識なしに、薬剤を不適切に選択・投与すると、治療効果が減ったり、深刻な薬物有害反応(ADR)が発生したりします。薬物有害反応は、世界の主要死亡原因の第6位、米国とカナダでは第4位となっています。3
PGx変異体の広範な保有率を考慮すると、アメリカ食品医薬品局(FDA)がActionable PGxの対象薬剤を450種類以上特定したことは驚きに値しません。4これには、臨床ガイダンスが発行されている薬剤が100種類以上含まれます。5媒介療法に影響する臨床的に有用なゲノム変異の例として、以下が挙げられます。
- チトクロームP450を介したオピオイド代謝の低下(過度の呼吸抑制や死亡につながる可能性)。
- TPMTの低活性がチオプリン製剤に及ぼす影響(深刻な血液毒性が生じやすくなる可能性)。
- 肝へのシンバスタチン取り込み抑制の影響(重度の筋損傷につながる可能性)。
しかし、予防的なファーマコゲノミクス検査は、現在もベストプラクティスとして使用されており、遺伝子型を作用可能な表現型に変換しています。PGxは、多くの臨床医の興味を引くテーマですが、診断や治療ルーチンの実用的要素とするには、エビデンスに基づいた一貫性のあるPGxデータへのアクセスと、処方者・薬剤師・看護師から検査技師に至るまでの医療従事者とメリットを管理する者が関与するチームでのアプローチが求められます。
PGxの実践に向けた3つのステップ
- 認知:どのように、いつ、なぜPGxを使用するのかについて臨床医に関心を持たせる
- 意識喚起:適切なデータを臨床医が使えるようにする
- 連携:PGxの効果を最大限に発揮するためにチームを結束させる
認知:どのように、いつ、なぜPGxを使用するのかについて 臨床医に関心を持たせる
臨床医は遺伝要因が薬物療法に影響を与えることは知ってい ても、その情報を日々の臨床に応用する準備ができているとは 限りません。
- 10,303人の医師を対象に実施した米国政府の調査では、遺伝的変異が薬剤応答性に影響する可能性に97.6%が同意しているものの、ファーマコゲノミクスに関する何らかの教育を受けたことがある回答者はわずか29%、PGx検査に関して適切な情報を提供されていると思う回答者は10.3%でした。また、検査を最近注文した、あるいは近日中の注文を見込んでいる回答者は全体の40%未満でした。6
- 同様に、薬剤師を対象に実施した日本の研究では、PGxが患者の治療に良い影響をもたらす可能性があると大部分が回答した一方で、PGx検査に関与したことがあるのは26%、PGx関係の教育を受けたことがあるのはわずか12.4%でした。7
- 診療におけるゲノミクス実行(IGNITE: Implementing Genomics in Practice)ネットワークに所属する5サイトの医師285人を対象に実施した調査では、遺伝情報を診療で使用する準備ができていないとほとんどの医師が感じており、医師向けのツールや研修の開発が必要だと考えていることがわかりました。また、臨床経験が5年以下の医師は、6年以上の医師と比べて、遺伝的にリスクが高い患者を治療する準備が訓練によってできていると回答する傾向が高いと示されました(41% vs 25%)。8
- 米国で597人のプライマリケア医を対象に実施した別の研究では、大部分の回答者がファーマコゲノミクス検査について聞いたことがあり、患者に有用だと考えている一方で、検査の注文に抵抗がないのはわずか13%、ファーマコゲノミクスに関する教育を受けたことがあるのは22%でした。9
臨床医は、検査の注文にメリットがあるかどうかを必ずしも明確に判断できるわけではありません。PGx検査を行う検査センターは、検査が必要な理由を臨床医に理解してもらうために、よくある質問集やガイドを配布しています。しかし、民間の検査センターの営業担当者は、臨床医が必要とする内容をすべて提供してくれるとは限りません。ファーマコゲノミクス検査の解釈について担当者が十分な訓練を受けていない場合はなおさらです。結果をどう適用するのかがわからないまま検査を注文するように促されても、結果はメリットを上回る混乱を引き起こす可能性があります。
Wolters Kluwerでは、ファーマコゲノミクスの重要性を早い時期に臨床医に理解してもらう必要性を認識し、臨床的に重要なPGxコンテンツの作成を2003年に開始しました。現在では、PGxの重要な相互作用に関する広範で実用的な臨床ガイダンスを提供する第一人者として広く認められています。このコンテンツでは、患者集団における遺伝子変異の保有率、検査の効用と解釈、検査に続く臨床推奨を取り扱っています。10
ポイントオブケアで働く臨床医のために、薬剤ー遺伝子概要モノグラフには、臨床応用可能な権威筋のガイドラインを元に検査や患者管理に関する推奨がまとめられています。11簡潔な内容には独自のエビデンス格付けも記載され、臨床医が遺伝子検査の全体的な臨床的重要性を確実に把握できるようになっています。実用的な概要は、フロントラインで働く臨床医に不可欠です。それは、薬剤に関する情報を詳しく調べる時間がなく、治療に直接携わる状況では、薬剤と遺伝子の問題を解決に導くガイダンスがすぐに必要だからです。
包括的な研究データが求められる場合は、ファーマコゲノミクスに関する詳しい内容へのアクセスが必要です。このニーズに応えるべく、UpToDate® Lexidrug™の主要医薬品モノグラフには、広く利用されている詳細な遺伝子関連モノグラフへのリンクが収載されています。このようなモノグラフには、一般的あるいは臨床的に重要な遺伝子変異の発生頻度の概要や薬剤応答性との関連が記載されています。
オンラインでもモバイルでも利用できるファーマコゲノミクス関連の薬剤リファレンスは、治療に直接携わる状況以外でも有用です。薬事部門や研究開発部門には貴重な遺伝子研究情報が、この10年間で遺伝子検査関連の取り扱いを徐々に増やしている医療保険業界には安全性に関する重要な内容が役立ちます。
意識喚起:適切なデータを臨床医が使えるようにする
イギリスのGPへの面接調査では、ほとんどがPGxの価値を認めているものの、プライマリケア医が日々の診療にPGxを取り入れるには、臨床医の教育、コスト効率、電子カルテへの情報取り込みなど、多くの障壁があると考えられていることがわかっています。12
現在、電子カルテへのゲノムデータと臨床意思決定支援ツールの統合は、予備的なファーマコゲノミクス検査の普及を阻む最大の壁となっています。
電子医療記録とゲノミクスネットワーク(eMERGE: Electronic Medical Records and Genomics)は、PGxの導入と検査結果のEMR/臨床意思決定支援システムへの統合を米国でリードしています。このネットワークに所属する10サイトで実施した調査では、プロセスの遅延はファーマコゲノミクス検査自体から生じるのでははく、医療情報技術などのロジスティックス問題と関連している可能性が示唆されています。13
プライマリケアで一般的に使用される薬剤の多くにファーマコゲノミクス検査の適応がラベル表示されるようになると、EMRや臨床意思決定支援スクリーニングにこのようなガイドラインや使用上の注意を追加する重要性が増します。さらに、多重遺伝子型を判定する検査技術が手頃になり、信頼性の急速な向上も相まって、臨床システムや薬局システムでの安全性スクリーニングに対する需要を押し上げています。
EMR、臨床システム、薬局システムに組み込まれているファーマコゲノミクスデータは、意思決定プロセスの適切な時に、臨床医の目の前で重要なデータを得る効果的なツールとして役立ちます。スマートに設計されたシステムとエビデンスに基づいたデータの組み合わせは、リスクの高い患者をその遺伝子素因から「危険」となる薬剤に曝露するのを回避します。このようなシステムは、関連性の高い遺伝子変異に基づいて適切な用量・用法を推奨し、危険性が高い既知の組み合わせだけを知らせてくれるので、システムが発するアラートが最適化されます。
Wolters Kluwerは、Medi-Span®の薬剤データモジュールをエビデンスに基づいた実用的なファーマコゲノミクスデータで強化し、UpToDate Lexidrugの内容と整合性を持たせることで、このような技術的障壁の克服を支援します。また、重要なファーマコゲノミクスデータの最適化と応用に関する明確なガイダンスとベストプラクティスを示します。
Medi-Span Drug Disease Contraindications APIは、ファーマコゲノミクス表現型のMedical Condition Picklistを使用して薬剤と表現型の350以上の関連を認識し、特定の遺伝子変異を持つ患者への薬剤使用リスクについてポイントオブケアで臨床医に通知し、助言を提示します。EMRシステムや薬局システムに表現型として収載される患者の薬剤関連問題に基づいて、あるいは表現型の概念がマッピングされるSNOMED CT®コードによって、遺伝子変異がスクリーニングの入力データとして認識されることもあります。
さらに、このような表現型は、患者の用量範囲アラートを適切に調節するためのコンテンツとして、Medi-Span Dose Screening and Drug Orders APIにも統合されています。これは、代謝能が低下した患者への有害な過剰投与を回避するのに極めて重要な機能です。
連携:PGxの効果を最大限に 発揮するためにチームを 結束させる
リソースをポイントオブケアやEMRで利用できるように したら、PGx導入を成功させる最終要素は人間です。PGxを 組織の日常的な診療活動に組み込むには、臨床・非臨床に 拘らず、多くの医療従事者の連携、コミュニケーション、 リソースの整合化が必要です。
一部の専門は、チームに以下を参加させることを推奨しています。
- 検査が必要な場面と薬物療法への影響を理解している処方者
- 適切な検査の実施と助言の訓練を受けている検査センターや検査技師
- 薬物動態や薬力について助言し、適切な薬剤の選択と投与量を推奨する薬剤師
- 遺伝子カウンセラーなど、検査結果の応用や解釈の助言の適切な訓練を受けている担当者/検査のリスク、ベネフィット、限界を話し合う担当者
このようなニーズをサポートするシステムやインフラも必要です。
- T/EMRの配備、適切なPGxスクリーニングとアラートの整備
- 関連性の高い薬歴と家族歴関連の文書化プロセス
- Billable-service provider
- 結果報告メカニズム
Wolters Kluwerは、学際的な治療チームの全員が恩恵を受けられるように、ファーマコゲノミクス関連コンテンツに投資しています。また、このコンテンツを適切な医療従事者に適切なタイミングで届けるソリューションを一元化・標準化し、患者に関連する重要な知見と内容を配信しています。
まとめ
抗うつ薬/抗精神病薬を使用している180人の患者にPGx検査を実施したカナダの研究では、遺伝子型判定の結果が33人の患者の薬剤に関する81件の変更に結びつきました(被験者の22%)。この研究の著者たちは、検査の実施と薬物療法の変更にかかった費用は患者1人につき25カナダドル未満であったことから、薬剤師チームの対応が効率的であり、かかった費用に十分な価値があると結論付けました。14
パーソナライズドメディシンとファーマコゲノミクスを採用、応用、学習する臨床医の増加により、薬剤の安全性に対する関心は今後増していく一方です。Wolters Kluwer Clinical Effectivenessの最高医療責任者であるピーター・ボニス医師は、次のように述べています。「科学の進歩は、生活を改善し命を救う可能性を持つ新たな薬剤を生み続けています。このような薬剤が入手しやすくなったことは、社会で活発な論議を引き起こしました。同様に重要ですが、一般の間で話題になっていないのは、薬剤を賢く、安全に使用する取り組みです。ファーマコゲノミクスは、正確な処方に向けたそのようなアプローチの1つです。」